2020.5.15 100年後 MIY
100年後の今、あなたが感じた喜びを確かに受け取っています。
大好きな詩人にラビンドラナート・タゴールがいます。1941年に没した、非西洋圏で初めてノーベル文学賞を受賞したインドの大詩人です。
百年後の読者に呼びかける詩があります。
春の美しい一つの花さえも、彼方の雲の黄金の一筋さえも、
私は君に送ることができないが、
百年という歳月を超えて、僕のvividな喜びを君は君の場所で感じるかもしれない。
別な詩では、最後の時の自身への内省が綴られます。
私が空しく求めてきたもの、私が手に入れたもの、それらではなく、
私がこれまでないがしろにし、見過ごしてきたものこそ、
私のものとさせて下さい、と。
ノーベル文学賞受賞という偉業を成し遂げた人なのに、というかだからこそか、
心のありようがひたすらに謙虚です。
日本の偉人も負けてはいません。
日本国民で知らぬ人はいないであろう「アンパンマン」の作者、やなせたかしさん。
かれは辞世の詩で私たちにこう呼びかけます。
100年近く生きてきましたから
「すぎてしまえば
あっけない
ぼくは
未熟の生まれ
死ぬ時も
未熟のままで
ところであなたは?」
アンパンマンという金字塔を打ち建てた偉人が、自身を未熟という。
100年後、わたしが生きた痕跡は跡形もなくなっているでしょう。
それでいいんです。
でもタゴールの詩やアンパンマンは、100年後地球が滅びていない限り生き続けていることでしょう。
今から100年後、同じ詩に心震わせるあなた、そんなあなたが存在するということは、地球にはまだ人が住んでいて、詩を楽しむ喜びがあるということですね。
そんな未来を今、寿ぎましょう。
【投稿者】MIY
明日はノンフィクション横浜読書会のyuningさんへバトンタッチ!