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書評『橋づくし』KURI

ゴールデンウイーク後半の5月5日(日)横浜駅周辺の居酒屋にて「横浜読書会KURIBOOKSビブリオバトル”春の陣”」を行いました。年齢、性別、職業に関係なく、普段の読書会にご参加いただいている37名が集まりました。

ビブリオバトルのテーマは「運命の人」です。 優勝賞金図書カード1万円をかけてバトラー11名が選りすぐりの一冊をプレゼンテーションしていただきました。

この様子は後ほどレポートします!ご期待ください。

”他人の願望というものが、これほど気持ちの悪いものだとは知らなかった。”

『橋づくし』三島由紀夫(著)

月夜が最も美しいとされる中秋の名月・陰暦8月15日の夜、物語は静謐の中から始まる。乙女達の夢を叶えるため、そして乙女達の将来への希望の橋を架けるため、銀座にある七つの橋を無言で渡り切ると願いが叶う言い伝えを信じて、女性4人は夜道に出かけた。

主人公の満佐子は、インテリで箱入り娘のお嬢様。色事については臆病で子供っぽいところがあり、映画俳優Rとの結婚の夢を抱いている。満佐子の同級生かな子は、器量が頃合のおとなしい性格の持ち主。芸者を志して、良い旦那との出会いを求めている。中年芸者の小弓は42歳。もう若くはないという諦めなのか、分別のわかる年になった悟りなのか、金が欲しいという欲望がある。いつの時代も変わらぬ、実に人間らしい乙女の願望。コミカルな印象の文章も助けて思わず笑いがこみ上げる。

そこにお供役の女中のみなが加わる。色黒でたくましく容姿が劣る上に頭も悪そうだ。願い事を考えるように、と勧めても鈍い反応である。

姦しい喋りが消えて、いよいよ女達の橋を渡る無言の願掛けが始まる。その瞬間から、三島の筆が走り始める。一人、また一人と脱落者が出るたびに、みなの存在感が増す。背後からついてくる女中みなの「願い」は見えない。不気味でその気持ちの悪い存在と、恐怖にも似た黒い塊の「願望」。30ページにも満たない短編集から湧き出る三島ファンが馴染んだ三島ならではの描写が冴える。欲望と恐怖が混在し、読む者の心の奥底に沈み込む。

本書の七つの橋とは、三又に分かれるため二つの橋を渡るとされる三吉橋、築地橋、入船橋、暁橋、堺橋、備前橋である。興味深いことに、この橋達の中には、現在既に撤去されて姿が消えている橋があり、もう願掛けは行えない。乙女達の願いは叶わぬままとなる。そして何の因果だろうか、最後の橋である備前橋からは三島由紀夫の葬儀が営まれた築地本願寺が見えるらしい。

果たして三島由紀夫の最後の願いとは。

【投稿者】KURI

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