書評『贖罪』KURI
※ネタバレを含みます。ご注意ください。
本作品は”策”に溺れずに書ききった力作だろう。間違いなく傑作と言ってよい。4年ほど積読にしていた私が言うのもどうかと思うが、できるだけたくさんの人に、一刻も早く読んで欲しい作品だ。
ちなみにアンソニー・ホロヴィッツ(著)『カササギ殺人事件』は『贖罪』の”策”を踏まえて書かれた推理小説で、言わばオマージュである。どちらも同じ手法を上手く利用して完成度の高いストーリーに仕上がっている。
第1部は1935年イギリスの夏休みが舞台となる。ブルジョア階級のタリス家の長男リーオンと友人のマーシャルが帰省することになった。末っ子のブライオニーは自作の劇で彼らを迎えようと励んでいる。家族の前でシェイクスピアさながらの自作の劇を披露する13歳ってどんなだよ、と突っ込みたくなるが、実はそこがこの物語の肝になるから気が抜けない。多感な少女の心の危うさと脆さを上手く表現している。両親の離婚でローラと双子の従兄弟達もタリス家にやってきた。姉のセシーリアとこの家の掃除婦の息子ロビーはケンブリッジ大学に通う。ロビーの学費はタリス家が援助しており、将来は医師として働きたいと考えている。
果たしてブライオニー自作の劇は成功するのか、セシーリアとロビーの恋の行方はどう展開するのかが気になるところだか、周辺の登場人物の行動にも目を向けながら読み進めていって欲しい。じわじわと物語が動き出し、第1部の後半で急展開となる。
第2部は1940年のフランスの第二次世界大戦中のダンケルクの戦いが舞台になる。ドイツ軍がひたひたと英仏軍を追いつめる様子がロビーの一人称で語られる。
第3部は1940年のイギリスが舞台。18歳になり心身ともに成長したブライオニーの一人称で語られる。彼女の人生にも戦争の影が落とされる。
そしてラストは1999年イギリスの77歳のブライオニーのシーンと切り替わる。果たして晩年のブライオニーは何を思うのか。読者も考えざるを得ないところでこの小説は終わる。
『贖罪』は各部の時代背景の描き方も秀逸で、計算され尽くした構成になっている。この物語が1999年で締めくくられたのは「著者からの20世紀最後のメッセージ」としての意図があったと思われる。
無垢な少女の正義感が招いた罪、身分違いの恋、その時代のすべてを奪った戦争、それらが緻密に重層的に描かれており、最終的にタイトルの『贖罪』へとつながる。
現実の惨さに際限はない。ならば、死後にまで読み継がれ永遠の魂を宿した小説の可能性に際限はあるのだろうか。深く考えさせられた一冊だった。
どうか、この物語に贖罪による一筋の光明を与えたまえ。
【投稿者】KURI