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書評『旅をする木』NAOKO

KURIさんにお声掛けしていただき、投稿しましたnaokoです。

ステイホーム中、ふと『旅をする木』を読み返したくなりました。星野道夫さんのエッセイ集です。

星野さんはアラスカを中心に自然や動物を記録し続けた写真家で、1996年の取材中、ヒグマに襲われ急逝しています。彼の写真は、厳しい自然への畏敬の念と生き物への優しさに満ちています。

そんな彼のエッセイは、自然描写が詩情にあふれ瑞々しく、こころに染み入るものばかり。その中のひとつ。ある一人の男の話。

アラスカのリツヤベイという人里離れた入江に浮かぶ小島に、男がたった一人で22年間暮らしていました。その男の名は、ジム・ハスクロフ。彼は、一年に一度、300キロ離れた町まで、狐の皮を売りにボートを漕いで出かけ、塩漬けのサバをひとたる買い、取っておいてもらった一年分の新聞を持って島に帰り、ちょうど一年前の新聞を、毎朝読むという生活をしていました。

かといって、彼は決して偏屈な世捨て人ではありませんでした。まれにリツヤベイに人が訪れると、だれかれとなく、もてなしたといいます。また、ニューヨークの子どもたちが食べるものに困ってごみ箱をあさっているという記事を読んだ彼は、どうにかして魚や山羊の肉を送れないものかと、一冬中考えていたとも。

彼にとっての一年のクライマックスは、クリスマスの夕食。ブルーベリーなどを貯え、何か月も前から準備に入り、クリスマスの夜、鴨のローストと14種類のパイを前に、たった一人でテーブルにつくのです。

自分だけのクリスマスディナー。その準備に何か月も。

星野さんは「それにしても人間は、なんとそれぞれ多様さに満ちた一生を送る生きものなのだろう」と彼らしい想いを述べています。

もうひとつ。

ルース氷河に、星野さんが一人で行った時の話。

岩、氷、雪、星だけの無機質な氷河の世界。「きっと情報があふれるような世の中で生きているぼくたちは、そんな世界が存在していることも忘れてしまっているのでしょうね。だからこんな場所に突然放り出されると、一体どうしていいのかうろたえてしまうのかもしれません。けれどもしばらくそこでじっとしていると、情報がきわめて少ない世界がもつ豊かさを少しずつ取り戻してきます」

コロナ禍で、多くの活動が滞り、たくさんの「~したい」という欲求を我慢し、人との接触を避ける孤独な日々。

そんな中、静かでそして穏やかな星野さんの語りに、瞼を閉じて深呼吸をしてみたくなります。

何かを生み出さなくても、何かを追い求めなくても、存在するだけで人生とは深いもの。

そんなことを読み返して感じた本です。

ちなみに、この本から派生した「旅をする本」プロジェクト(NHK-BS「星野道夫没後20年『旅する本の物語』」がきっかけらしい。この番組も素晴らしかった!)。

本を介しての素敵な「つながり」。ご興味のある方は「旅をする本」プロジェクトで検索してみてください。

【投稿者】NAOKO

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