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これまでの読書会

第16回(2/23) 考える横浜読書会 『カラマーゾフの兄弟』第二部

■参加者19名(男性7名、女性12名)での読書会でした。

今回の課題図書は前回(第15回(12/16)考える横浜読書会)に続き、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』第二部です。第一部で主要な登場人物がすべて出そろい、第二部では有名な「大審問官」、ゾシマ長老の過去などが語られます。参加者は前回に続いて参加された方、今回から参加された方どちらもいらっしゃいました。

■参加者の感想

なお第一部の読書会で「第二部は物語が進むから読みやすくなると思う」という話が出ていたのですが、期待していたほどには物語が動かなかったという方が何名かいらっしゃいました。期待させてしまってすみません。

・こんなに長いのに、書かれているのはたった一日での出来事だった。
・やっと大審問官が出てきた!
・場面が動く感じがなく、ひたすら喋っているのが読んでいてつらかった。
・小説の中で何が起きているのか、目撃者になろうとおもって読んでいた。
・字面だけ追っていても内容が頭に入ってこない本だった。
・キリスト教徒というのはこういう発想をするのか、というのが新鮮だった。
・よく喋る人たちだと思った。ロシアの人は本当にこれくらい喋るのが普通なのか?
・『カラマーゾフの兄弟』は「ドストエフスキーが書いた聖書」だと思う。

第二部ではイワンの動向に注目が集まりました。特に長広舌をふるう場面が印象に残った方が多かったようです。

・イワンは意外と熱い人だと思った。
・家に帰ったときにやたらと不愉快になり、スメルジャコフに嫌悪感を感じるところに人間味を感じた。
・イワンの話に出てくる「無垢な子供たちの受ける苦しみ」というのは、どの時代にもある人間の残虐さの表れだと思う。
・イワンの悩みは人間の本質ではないか。
・イワンの話に、弱い立場の人たちへのやさしいまなざしを感じた。

「大審問官」については以下のような話が出ました。

・大審問官では16世紀のスペインにキリストが姿を現しているが、もしキリストが現代に蘇ったとしたらどうなるだろうか?やはりたいして広まらずに終わるのかもしれない。

・キリストは褒美と引き換えに神を信仰するのではなく、自由な意志で神を信仰することを求めている。しかしそれを叶えられない弱い人たちを地上でだけでも救うため、大審問官は敢えて悪魔の道を選んだ。それがキリスト自身に露見して、大審問官は責めてほしかったと思うが、キリストがただ赦すだけだったのは、大審問官にとって一番堪えることではないか?
・大審問官は別に救われたいとは思っていないかもしれない。しかしキリストは救われないという自由は認めず、どんなに救われたくなくても強引に救ってしまうのではないか。
・大審問官のような「権威的なキリスト教」を、イワンは嫌っていたのだと思う。

またアリョーシャの手記によって語られるゾシマ長老の半生にも感想が集まりました。

・イワンの話もわかるが、やはりゾシマ長老に共感する。
・弱い立場の人々を救えないために神の世界を認めないイワンに対して、ゾシマ長老はそれらすべてを包む愛で救おうとする。その立場の違いが印象的だった。
・ゾシマ長老も半生をみると人間らしくて安心した。
・ゾシマ長老は完璧すぎて気持ちが悪いくらい。
・ゾシマ長老の話は素晴らしいけど、いまひとつ腑に落ちない。
・ゾシマ長老が語る愛はキリスト教に限らず、人として当たり前のことを言っているように思う。

そのほか女性の描き方にリアリティがない、キリスト教の「愛の実践」とは何を指しているのか?、カトリックや正教以外のキリスト教についてなど、話題は多岐にわたりました。

参加者のみなさまありがとうございました!次回はいよいよ第三部に突入です。

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