第1回(11/14) 考える横浜読書会『夜と霧』

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『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル

夜と霧――ドイツ強制収容所の体験記録の詳細を見る

夜と霧 新版の詳細を見る

サイレントマジョリティの原理が成立しない「考える読書会」。13人の意見が自由に飛び交う『夜と霧』のフリーディスカッションが始まりました。

 

「強制収容所の体験」、その様態は無数に存在し、記憶を綴った書籍も多数出版されています。そんな中『夜と霧』が名著と言われ読み継がれる理由はどこにあるのでしょうか。スゴ本・DAINさん、横浜読書会にご参加いただいている読書の賢人・Tさんからいただいた感想も交え「第1回考える読書会」の様子をお伝えします。

 

▶▶▶まずは皆さんに、心に刺さった文章をあげてもらいました。

【自然に触れる】

 “そしてわたしたちは、暗く燃えあがる雲におおわれた西の空をながめ、地平線いっぱいに、鉄色から血のように輝く赤まで、この世のものとも思えない色合いでたえずさまざまに幻想的な形をかえていく雲をながめた。その下には、それとは対照的に、収容所の殺伐とした灰色の棟の群れとぬかるんだ点呼場が広がり、水たまりは燃えるような天空を映していた。わたしたちは数分間、言葉もなく心を奪われていたが、だれかが言った。「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」“

※印象深いシーン、自然によって潜在意識が浄化される瞬間です。どんな状況下においても、人は美しいものに触れずに生きていけない、そしてその美しさを感じる心が生きる強さになるのだと思わずにはいられません。キリストの言葉「人はパンのみにて生きるにあらず」でしょうか。

【内面を奪われることはない】

 “もともと精神的な生活をいとなんでいた感受性の強い人びとが、その感じやすさとはうらはらに、収容所生活という困難な外的状況に苦しみながらも、精神にそれほどダメージを受けないことがままあったのだ。そうした人びとには、おぞましい世界から遠ざかり、精神の自由の国、豊かな内面へと立ちもどる道が開けていた。”

※反アパルトヘイト運動に尽力をつくした南アフリカ共和国の元大統領、ネルソン・マンデラは、27年間における獄中生活の中、ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「インビクタス」の一節を唱え(最後の2行I am the master of my fate,/I am the captain of my soul.)どんな運命にも負けない不屈の精神を持ち続けました。たとえ囚われの身であっても、他人に自分の心まで奪われることは決してないのです。

23.1

【ホロコーストから学ぶ「人間」とは】

“わたしたちは、おそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とはなにものか。人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。人間とは、ガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。”

※それぞれの立場を超えて存在する人間の内側に潜む「善と悪」。自分のなかにも混在する「善と悪」も自分(人間)なのです。 ルドルフ・ヘスは収容所の所長という加害者の立場で『アウシュビッツ収容所』を書いており、興味深いところです。

そして抑制された人はどこまで残虐になれるのか、その考えに深く踏み込み世論と戦ったハンナ・アレント、そして「アイヒマン実験」の話題も出ました。アイヒマン実験とは、閉鎖的な環境下における権威者の指示に従う人間の心理状況を実験したものです。アイヒマン裁判で見せた彼の人間像は人格異常者ではなく、真摯に職務に励む一労働者の姿だったという事実を、私達はどうとらえるべきなのでしょうか。変身する能力『群衆と権力』エリアス・カネッティもあわせて読みたいところです。

【生きる意味】

“医長によると、この収容所は1944年のクリスマスと1945年の新年の間の週にかつてないほど大量の死者を出したのだ。これは、医長の見解によると、過酷さを増した労働条件からも、悪化した食糧事情からも、気候の変化からも、あるいは新たにひろまった伝染性の疾患からも説明がつかない。むしろこの大量死の原因は、多くの被収容者が、クリスマスには家に帰れるという、ありきたりの素朴な希望にすがっていたことに求められる、というのだ。”

 “ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているのかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。”

※閉ざされた収容所内で飢えと戦い、殴られながら嘲られ、感情が消滅するくらいの苦悩の連続に意味があるのか、苦しみ尽くし虫けら同然に扱われる命に生きる意味があるのか、ということです。希望を失った人間の行動はクリスマスを過ぎた時期に大量の死者を出す結果となりました。生きる意味への問いはフランクルの最後の作品『それでも人生にイエスという』に詳しく書かれています。フランクルが生涯を通して最も考えぬいた問いは「生きる意味とは」かも知れません。

また、著者を知る上で山田邦夫氏は外せません。日本人でフランクルの第一研究者として知られる山田邦男氏は京都大学の流れを受け、西田幾多郎氏に精通した「禅の哲学」を学んできた人物です。虚無主義(ニヒリズム)と対峙してきた彼がフランクルの実存分析(ロゴセラピー)に到達するまでの過程は興味深く感じます。

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▶▶▶英訳本を読んできた方もいらっしゃいました。新版と旧版について触れてみたいと思います。

皆さん、圧倒的に新版の方が読みやすいとの意見でした。旧版は歴史的事実を軸に書かれているため、収容所の悲惨さがただただ重く伝わってしまう気がします。比べて新版は実存分析(ロゴセラピー)の解釈まで読み手が到達するように書かれていて、追体験として読み込められる強みがあるように思います。今回の読書会で本書の感想を表現力豊かに発言できた方は新版を読んだ方が多かったという理由もうなずけるところです。

また、果たして本書はすべて事実なのか、多少美しく誇張したストーリー仕立ての物語ではないか、との意見も出ました。フランクルが俯瞰的に書き上げるだけの穏やかな精神状態を保てるような体験だったとはとても思えない、との理由からです。生存者の体験記としては日本の戦艦大和の例が挙げられ、『戦艦大和ノ最期』を読むことでなにかヒントがあるかもしれません。

 

▶▶▶最後に読み比べをしてみたい本のご紹介です。

『生きがいについて』神谷美恵子

『なぜ私だけが苦しむのか』クシュナー

『夜の鼓動にふれる 戦争論講義』西谷修

『夜と霧の隅で』北杜夫

『困難な自由』エマニエル・レヴィナス

 

参加者のみなさま、DAINさん、Tさんありがとうございました。

 

皆さんの話に興奮してメモも取らずに夢中になってしまい、大いに反省しております。加筆、訂正等受け付けております。気軽にご連絡を頂きたくお願い申し上げます。

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